Matcha Latteから思うこと

最近のニューヨークでは美味しい抹茶ラテが飲めるところがたくさん。有名なところだと、Williamsburg の Matcha Barや、West Villageの Chalait もしくはHell’s KitchenにあるBibble & Sipとか。

昨日行った Chalait で、抹茶ラテを飲みながら思ったこと。

日本からアメリカや世界に行ったものは、身近な中にもたくさんある。ニューヨークにいたら、寿司もらラーメン食べられるし、日本のブランドはトヨタや任天堂やユニクロをはじめ、多くのものが手に入る。

とはいえ、「エクスペリエンス」という部分を考えると、なんだか少し違う。

ラーメンと言えば、1970年代に発売された以降、1ドル足らずで食べられるインスタントラーメンのことだったアメリカ。それが、少しおしゃれでヒップな食事として生まれ変わってきている(少なくともニューヨークでは)。デートの場所のようになっており、ワインやカクテルを飲みながら、ゆっくりたしなむエクスペリエンス。

ユニクロも、日本の売りである安さや便利さ手軽さより、画期性や「日本からきた!」を全面に出している印象。それは、無印も。

当然といえばそうなんだけれど、日本にいる(いたことがある)人にとっては身近で当たり前のような存在であるものが、違う土地に新しくスペシャルなものとして伝えられる。

ニューヨークの matcha はどうだろう。味は、私は(抹茶をそこまで飲み慣れているわけではないのだけれど)美味しいと思う。甘くしていないものもあるし、一杯一杯を丁寧に入れてくれる。

しかしエクスペリエンスという部分で見ると、コーヒーやエスプレッソより新しい matcha の存在は、アーモンドミルクで作り、ローカルデザイナーが作ったマグで、西洋風 zen なカフェでサーブされる・・・そんな付加価値もあった上で成り立っているヒップな存在だ。解釈は少し変えて、ニューヨークが求める、新しいエクスペリエンスを提供している。

日本にも同様に、ニューヨークのさまざまな食や文化は輸入されている。日本向けとしての何かをブレンドして解釈を変え、「ニューヨークっぽい」の付加価値を少しアップグレードさせた形で与えたエクスペリエンスとして持ち込んでいるケースが多い。つまり、双方で同じような概念が行き来しているような。

私はこの夏、日本のデザイナーブランドのニューヨーク オフィスでインターンシップをする予定だが、そのブランドも同様。日本のファッションは、こちらでは大体倍くらいのプライシングで展開されている。シッピング等当然コストは上乗せされるが、やはり希少性とオリジナリティという付加価値もあった上で、価格は調整されている。高価であっても、このブランドは日本での訴求とはまた違うメッセージを送り、むしろ日本より幅広い年代層・ジェンダー層に届いている。それは日本の多くのブランドの世界進出において見られる。

海外のブランドを提供する上でやはり重要なのは、モノそのものやサービスと、そこからつくりだされる、土地にあった解釈に基づく「エクスペリエンス」なのだと強く感じる。

ニューヨークで matcha がカジュアルにいただける今のこの流行は嬉しいとともに、発信の地である日本の本来の抹茶も新しい matcha も知りながら、ニューヨーク スタイルでそれを「エクスペリエンス」している日本人として、少し不思議な感覚におちいる。