I LOVE NEW YORK – ニューヨークの陰翳礼讃

以前書いた「海外で生きるということ」へ、ある女性からコメントを頂き、匿名での掲載の許可を頂いた。

初めまして。以前のブログからずっと読んでいますが、初めてメッセージをします。

私は2015年にニューヨークで短期留学をしたことがありますがそれ以降戻りたいと思うことはあってもなかなかできません。だけど楽しかった思い出ばかりです。いつかはもっと長く住みたいのですが、COOKIEHEADさんが書いていた悲喜こもごもとか酸いも甘いもというその辛い部分というのは具体的にどういうところにあるのですか?日本人だからですか?

確かに前回の内容は少し曖昧な部分があった。それは実は意図的でもあり、その意図というのは、あまり具体的にすることで誰かをジャッジすることにつながるのを恐れたから。

しかし今回はもう少しはっきりと、正直に、私自身の意見を述べてみようと思う。

ニューヨークには「楽しいこと」と「大変なこと」のそれぞれが極端に存在している中、そのどちらも謳歌するのが真にニューヨークに住むことの形なのではないかな、と感じる。やりがいを感じることや最高に嬉しいことが見つけられる「世界の中心」であると同時に、正直、泣くほど悔しい思いをすることも数え切れないほどある。

その両方をたくさん経験することで、ニューヨークで生きることの意味の理解は変わってくると思っている。それが、ニューヨークに住むひとりひとりが発する “I LOVE NEW YORK” に込められているんじゃないかな。

最初は、誰だって右も左もわからない

マンハッタンは街の規格が碁盤の目で成り立っているので、物理的には分かりやすい。それでも、ニューヨークにやってきたばかりの頃は、もしかしてこの街の左右と日本の左右は違うのかな、と思うほど圧倒される。その理由はおそらく忙しさとスピードにある。

しかしこの最初の難関は比較的容易に乗り越えられる。何度も道に迷ったり地下鉄を乗り違えたりしながら街を覚えていくように、ニューヨークでの生活はすぐに軌道にのり、日々起こる新しいできごとを楽しむようになる。エキサイティングな街だ。

「とりあえず、やってみて。」

楽しいなーと思ったのも束の間、学校に通い始めたり、働き始めて、衝撃を受けることになる。とにかく実践 – まずはいきなり、「やってみる」ことから始まる。

私のPasons での最初の授業は、ファッション マーケティング専攻にも関わらず必須科目のファッション イラストレーションだった。教室に入ったらモデルがいて、言われるがままスケッチをした。とりあえず描いてみろというスタイル。次の週には、身体の動きは一通り描ける前提で、服のドレープの描き方に進んでいた。

「か、描けないし。。。」

練習するしかなかった。上達できたのは、伸びしろしかなかったから。基礎がぎりぎり身についた程度だが、セメスター終了後の達成感は自信へとつながった。ビジネスの学生とデザインの学生が一緒に受ける数少ない授業でもあり、交流も広がった。

今の会社に入った時も同様だった。入社して二週間後にはファッション ウィークのためのパリ出張に行くことに。次から次へとバイヤーを紹介され、フランス式に両頬にキスし、名前や顔を覚える間もなく、手探りでコレクションを紹介し商談をすることに。

「ど、どうしよう。。。」

実践からセリングを学ぶしかなかった。人の見よう見まねから始めて、長年買い付けているバイヤーから逆に自社製品の生地について教えてもらったことも。その次のニューヨークのセリングでスキルアップして、二度目のパリでは少なからず余裕ができ、自分のやり方が構築していくように。

まずは実践!のスタイルのニューヨークで、モノにするかしないかは自分次第。もちろんおしえて欲しいことは、質問すれば答えてもらえる。しかしもじもじしてそのままにすると、本当にそのままになってしまう。習得の仕方を自ら見つけ出す必要がある。

そしてモノにして更にそれ以上を見せたら、次への道にどんどんつながっていく。とりあえず、やってみるのだ。

受け身でいては流されるばかり

アメリカ人の夫曰く、私はステレオタイプな日本人とは少し違って、はっきりものを言う(時に言い過ぎるほど)。それはかつてからそうだったと思うが、今思うとそのはっきりした発言はこの4年で更に強くなったかもしれない。その経緯には2つの苦い経験があった。

初めてのインターンシップでは、面接の時点で理不尽な嫌味や失礼なことをたくさん言われ、いやな予感がぷんぷんした。早く帰りたいと思っていたのになぜかそのまま採用に。まずこの時点で、今の私なら断って帰っていたと思うが、当時の私は言われるがままその日から雑用を手伝った。

「まぁ、こうゆうものなのかな。。。」

ひたすらコキを使われた印象。雇い主の犬の散歩は大事なタスクの一つで、雇い主のお気に入りだった他のインターンの子は笑顔でこなしていたが、私には理解できなかった。学ぶことはほぼ皆無だったが、何も言えず最低限の期間は続けた。

フリーランスで日本向けのバイヤーの仕事をしていた頃の最初の仕事。東京のクライアントから事前情報もないまま「とりあえず行って来て」と言われたベンダーのところに着いて一番、怒鳴られた。どうやら以前の担当者が多くのミスコミュニケーションを引き起こしていたようだ。

「あはは、私、謝り侍みたい。。。」

腑に落ちない気持ちがあったが、全体が掴めておらず、怒られるがまま全てを受けて、そしてそれをクライアントに報告した。結局そのベンダーとの取引はなくなった。

今であればもっと強く主張をできるし、主張するからにはその理由も論理立てて説明する勇気も能力もある。そこから解決策を見つける努力もできる。受け身でいたら、まさか誰もそれを謙虚とはとらえず、ただ「何も言わない人」に成り下がってしまうのがニューヨークだ。

「海外」というだけでキラキラ?

ニューヨークってかっこいい。ニューヨーカーっておしゃれ。外からはそう見えるのもわからなくない。

日本人に限った話ではく、海外の都市はキラキラして見えるものだ。たとえば、アメリカにはパリに憧れを抱いている人が少なからずいる。驚くなかれ、私の場合は、今東京を遠くからみて、自分が育った街のキラキラした部分に注目してしまう傾向がある。

「コンビニって24時間荷物受け取りしてもらえるし、おにぎりと飲み物と雑誌買っても1,000円でおつりがくるなんて」

「ていうかそもそもSuicaってすごいサービスだなぁ」

「プレミアム フライデーってなに!」

ないものねだりをするのは人の常。東京にいた頃は当たり前だったことに、海外にいると逆キラキラ現象が起こる。

しかし。実際その都市に住む上で、キラキラばかりを楽しむ生活はありえない。必ずストレスや苦労が伴う。

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事実はキラキラばかりではないし、むしろキラキラだけではない部分をも含めてそこで生活し生きていくことで、深みが増す。慣れないことに戸惑い、新しい挑戦に挫折し、紆余曲折を経て理想に近づけていくのが、「その街で生きる」ということではないかな。

ニューヨークの女性は欲しがりだ

女性に焦点を絞ってみる。ニューヨークは女性の多い街だ。なんと男性に比べて40万人多いそう。その内の半数近くが何かしらの形で就労していて、ニューヨークに住む女性の収入はアメリカ全体の平均より高い。

伴って物価も家賃も高くお金が掛かる街ではあるが、この街では、やりたい仕事をしてお金を稼いでいる女性たちがたくさんいる。起業家も珍しくない。競争も激しい分、パワフルな女性が多い。

ニューヨークで成功している多くの女性たちは、おそらく私の何倍も何十倍も努力をして理想のステイタスを手に入れたことだろう。私とは比べものにならないほど悔しい思いをしただろうし、もしかしたらその悔しさが原動力になったこともあるだろう。酸いも甘いも、はたまた辛いも苦いもしょっぱいも味わった女性は、本当のニューヨークの味を知った美食家なのかもしれない

毎日甘いだけのケーキを食べていては飽きてしまうし、つまらない。

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時には美味しくないものをいやいや飲み込みながらも、それを消化してエネルギーに変え、手に入れたいものを掴む。ニューヨークの女性は本当に欲張りで、むしろ苦労も刺激として楽しんでいるのかもしれない。それが実に気持ちがいい。私もニューヨークにいるからには、欲しがりであり、そして欲しいものを手に入れられる女性でありたい。

ニューヨークの陰翳礼讃
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いいところもそうでないところも含めて、好き – 日本ならではの、光だけでなく「影を嗜む」という奥深いやり方でニューヨークを愛でてみるのはどうだろう。旅行や遊びに来ているのではない、住むニューヨークならではの “I LOVE NEW YORK” が見えるかも。最後は前回の記事からの引用で締めくくる。

肝心なのは、酸いも甘いも知ること。ニューヨークは甘美なだけじゃない、だからこそ、この街で生きていくことが自分を確かな、強いものにしてくれる。

私がこの二文に込めた思い、今度こそ伝わりますように。