ニューヨーク市の公共図書館 その1: コミュニティ、アクセシビリティ、インクルージョンについて考える

すこし前にインスタグラムのストーリーズでシェアしたところ、思いのほか反響があり驚いた、ブルックリンの中央図書館。

CentralLibrary

北ブルックリン在住の私は、ブルックリンの南に位置する中央図書館までは地下鉄かバスで数十分かかるので、最寄りの図書館というわけではない。けれども、仕事で近くに行くことも多いし、近隣のプロスペクトパーク、ブルックリン美術館などを訪れる際にも足を運ぶ。

なにより、ブルックリン地区最大の図書館なので、私がよく行く、自宅から徒歩10分のグリーンポイント図書館よりずーっと大きい。

(グリーンポイント図書館は、 Covid の影響で遅れたけれども改装リオープンしたばかり。地域コミュニティに向けた環境活動や教育に力を入れていて、こちらも素敵な場所!)

GreenpointLibrary1

本が好きな私は、書店にも古本屋さんにも行くけれど、図書館も大好き。なので今日は、ニューヨーク市の、そしてブルックリンの、図書館の話をしたい。

… と書き始めたところ、すごく長くなってしまったので、2つに分けることに。その1では、ニューヨーク市の特徴をふまえながら、ニューヨーク公共図書館の概要と、コミュニティにおけるアクセシビリティとインクルージョンについて、利用者として見えることを書きました。

ニューヨーク市の公共図書館

概要

ニューヨーク市の図書館は、公共 (public) といっても、実は独立した団体。それでも公共と呼ばれているのは、市議会が発表した2021会計年度の図書館に関するレポートにも書かれているように、予算の大部分は市が出し、残りのほとんども州政府と連邦政府による出資で成り立っているから。一部、個人による寄付もある。

参考:
Report of the Finance Division on the Fiscal 2022 Preliminary Plan and the Fiscal 2021 Preliminary Mayor’s Management Report for the Libraries” (The Council of the City of New York)

900万人近くともそれ以上とも言われる人が住み、全米でもっとも人口の多い都市であるニューヨーク市(州ではなく、市)は、5地区に分かれている。その5地区を3つの管轄に配分して運営する図書館の現状は、以下の通り(*後の数字は、予算における市による出資の割合)。

  • ニューヨーク公共図書館 (NYPL): マンハッタン(40ヶ所)、ブロンクス(35ヶ所)、スタテンアイランド(13ヶ所)*59%
  • ブルックリン公共図書館 (BPL): ブルックリン(58ヶ所)*84%
  • クイーンズ公共図書館 (QPL): クイーンズ(66ヶ所)*90.4%

そのほか、教育センターやリサーチセンターを含めると217の拠点があり、6千5百万に及ぶ所蔵物(書籍、デジタルメディアなど)と、377のデータベースを持つ。職員の大部分は組合員であることも、同じレポートからわかる。

登録と利用

公共図書館はどれも、誰でも入場することができる。所蔵物を借りるには登録が必要で、ニューヨーク州に居住する住所か、通っている学校か勤めている会社が州内にあることの証明、もしくは州内で固定資産税を払っている証明のどれかの提示が求められる。12歳以下は親か保護者の署名が必要。NYPL、BPL、QPLで共通の管理はないので、利用するにあたってそれぞれ登録(すでにどこかので登録済みであれば、ほかでリンクさせる)が必要。

librarycard

州内の居住・通学・勤務・固定資産税支払いの証明に該当しない場合は、ビジターとして3ヶ月の有効期限つきの登録も可能。移民ステータスに影響されない身分証明としてニューヨーク市から発行されるIDNYCも、図書館利用に適用される。登録についてさらにくわしくは、それぞれの図書館と IDNYC のウェブサイトで確認を。

NYPL、BPL、QPL それぞれのウェブやアプリを通して所蔵物の予約ができ、管轄内の希望ロケーションで受け取ることができる(NYPL、BPL、QPL 間で所蔵の共有はしていない)。さらに、電子書籍やオーディオブックなどデジタルの取り揃えも充実しており、Libby というアプリがとても使いやすく便利。すでに図書館に登録済み(ニューヨークに限らず、全米のはず)であれば、その情報を入力すればすぐに利用できる(ただし英語が中心)。

素敵な特典、Culture Pass

そしてそして、もうひとつ。NYPL、BPL、QPLの登録者には、Culture Pass という特典がある。市内の文化・自然施設へのアクセスがあるのだ。

CulturePass

courtesy of Culture Pass

参加している団体は70を超える。メトロポリタン美術館、アメリカ自然史博物館、MoMA、グッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館など、観光名所にもなっているような場所から、ニュー・ミュージアム、イサム・ノグチ庭園美術館、The Shed など、ニューヨークならではの施設、ユダヤ博物館やアジア・ソサイエティ・ミュージアムのようなあまり知られていないところまで、幅広い。複数名入れるチケットが発行される場合も多い。

それぞれ決まった時に予約が公開され、人気の場所はとりづらかったり、年に利用できる回数の限定があるけれど、利用可能で興味のある方はぜひ見てみて。

みんなのためのコミュニティ – 図書館のアクセシビリティとインクルージョン

多言語コミュニティ

まずは言語について。ELA (Endangered Language Alliance) によると、ニューヨーク市では600から700の言語が話されているそう。なので公共図書館においても、どうしても英語が圧倒的に多いとはいえ、さまざまな言語のアイテムが用意されている。そして職員構成やウェブサイトなど、利用や案内においても多言語に対応する取り組みがなされている。

たとえば、今年の春に NYPL は世界文学フェスティバル (World Literature Festival) を開催していた。その際、スペイン語、中国語、ロシア語、韓国語、ベンガル語、フランス語にくわえて、日本語での図書館利用のナビゲーション案内の特設ページが開設された(ニューヨークの公共サービス案内で、日本語があるのは結構レア!)。

NYPLJapanese

courtesy of NYPL

それ以外にも、23の言語の書籍検索サービスがある(それでも、ニューヨークで600とか700とかの言語が話されているのならば、全然足りないのだけれども)。

私が利用する BPL にも日本語の書籍はあり、借りることが多い。検索システムは、明瞭と言えるほど日本語にしっかり対応しているわけではないのが正直な感想で、英語(ローマ字)でだったり、日本語入力してみたり、で試行錯誤が必要だけれど、なんとか見つかる。特定のものを探している場合は、ISBN で照合するのがもっとも近道。

2022年12月追記:
BPL と NYPL 所蔵データベースから日本語の本を検索する方法については、その2で詳しく記載しました。

所蔵物の多言語化だけでなく、英語の教育機会も、子供向けレッスン、移民など英語以外の言語話者に向けた ESOL (English for Speakers of Other Languages) や、高校卒業レベルの英語を目標とするもの、就職や市民権獲得特化タイプなど、幅広く無料で提供している。英語以外の言語もあり、オンラインもオフラインもある。各図書館の言語クラスやその他教育については、以下から。対象者、内容別にリストアップされている。

  • ニューヨーク公共図書館 – Education
  • ブルックリン公共図書館 – Learn (メニューバーのLearn から選択)
  • クイーンズ公共図書館 – Programs and Activities

さまざまな「読む」

そして、言語の壁だけでなく、誰しもが目をつかって本を読むわけではないということも考える。なので、点字 (Braille) の書籍や、3Dプリンターを活用した触図 (tactile graphics) の資料の拡大に取り組んでいる。下の画像は、1946年、ブルックリンに引っ越してきた全盲の高校生 Ida Bell が、触図の地図でニューヨークの地形を学んでいるところ。

tactilemap

courtesy of BPL

ブルックリン図書館のポッドキャスト Borrowed では、視覚障害者当事者の声を織り込みながら、よりインクルーシブな図書館にするための取り組みに関するエピソードを聴くことができる(英語)。

そして、私の知識不足ゆえここにちいさく記載することしかできないけれど、建物に身体的に障害を与えられる方々にとって、利用しやすい位置にある公共図書館の建物が古いと、段差だらけや通路が狭い場合は多い。たとえば私の最寄りであるグリーンポイント図書館はあたらしくバリアフリー設計になっており、館内のエレベーターや多目的トイレなども完備されている一方、そうでないほかの建物をみたこともある。その場合、図書館員や周りの利用者が助けてくれるとは思うけれど、みなが快適に使いやすい場所にしていくには、改善の余地がたくさん残っている領域だと感じる。たとえ図書館がバリアフリー施設であっても、そこにたどり着くまでの道のり(街全体や、駅など)にバリアが多い街であるということも、書いておく。

返却遅延罰金制度の廃止

続いては、私が記憶する限り日本では(すくなくともおおっぴらには)なかった、返却遅延罰金制度に関して。アメリカの公共図書館の多くでは、遅延の罰金制度が超おおっぴらにあり、それが溜まると借り出しができなくなるのです…。

以前、「ニューヨークのインデペンデント(独立系)書店まとめ」の終わりの方でも記したのだけれど、2021年の11月、ニューヨーク市にあるすべての図書館で返却遅延による罰金を廃止することを、NYPL、BPL、QPLが合同で発表した

声明にはこう書かれている。

Removing this antiquated barrier to access allows libraries to better fulfill their mission: making knowledge and opportunity free and accessible to all.

このような時代遅れのアクセス障害を取り除くことで、図書館は「すべての人びとに知識と機会を無料で手に届きやすいように提供する」という使命を、よりよく果たすことができるのです。

One Fine Day: New York City’s Three Public Library Systems Eliminate Late Fines” (NYPL)

本を買うことが経済的に難しく、借りる選択肢が重要な層にこそ、仕事に長時間拘束されていたり身体・精神的に困難があったりして、返却が必ずしも期日内にできない人びとが多くいる…。アメリカ図書館協会 (American Library Association) は、返却遅延による罰金を「社会不公正のひとつの形」であるとし、全米の図書館に廃止するよう呼びかけている。ニューヨーク市に加え、現時点アメリカの都市ではボストン、サンフランシスコ、そしてロサンゼルスで、同制度は似たような形で廃止されているよう。

 参考:
Economic Barriers to Information Access: An Interpretation of the Library Bill of Rights (American Library Association)
‘We Wanted Our Patrons Back’ — Public Libraries Scrap Late Fines To Alleviate Inequity” (NPR)
Libraries are Getting Rid of Late Fees. Here’s Why That’s a Good Thing” (CNN)

多様な人種・民族・文化・宗教、ジェンダーとセクシュアリティ

わざわざ言わなくてはいけないのも苦しいけれど、多様な人種・民族・文化・宗教、ジェンダーとセクシュアリティを歓迎、祝福することを、NYPL、BPL、 QPLは表明している。

たとえば、ブルックリン中央図書館の入り口には、Brooklyn Public Library と書かれた文字よりずっと目立つ BLM が。

CentralLibrary2

5地区のなかでもアジア系人口がもっとも多いとされるクイーンズを拠点とする QPL は、アジア系に対するヘイトクライムに対抗する声明をたびたび表明している。アジア系コミュニティの理解を深める書籍を紹介したり、(アジアンヘイトの)暴力に出くわしたバイスタンダーに向けた対処トレーニングを英語とマンダリンで開催したり、オンラインで行われたディスカッションイベントを公開したりと、さまざまな活動をしている。

プライド月間には、NYPL は建物にレイボーフラッグをほどこし、「図書館はみんなのもの」と掲げて職員たちを中心にパレードを歩いた。

BPL のウェブサイトには “LGBTQ+ People & Pride at BPL” というページがあり、ジェンダーとセクシュアリティに関するさまざまな言葉の解説、LGBTQ+ 関連の書籍紹介、プライド月間に限らず随時開催されるさまざまなイベント告知がされている。そういえばブルックリン中央図書館で利用したお手洗いは、オール・ジェンダーだったな。

QPL が、ティーンなどの LGBTQ+ ユースの歓迎、祝福を表明しているのも印象に残った。

禁書 (book ban) に対抗、読書の自由

そして、アメリカではたびたび議論になる、禁書 (book ban)。州、郡、市など地域の行政や学校単位で指定されることが多いので複雑だし、理由はさまざまかつ時代によって流動的であり一概には言えないけれど、ここ数年で特に目立つ理由は2つ — 「露骨な性的描写」と「LGBTQ+ の内容」。それが特に、若い層には不適切と判断されることが多い…。

(ほかにもっと規制すべきものあるのに… 銃とか、銃とか、あと銃とか…。)

先ほども登場したアメリカ図書館協会 (American Library Association) は、その年もっとも禁書の対象になった書籍トップ10とその理由を発表している。2021年版はこちら。

  1. Gender Queer by Maia Kobabe
    Reasons: Banned, challenged, and restricted for LGBTQIA+ content, and because it was considered to have sexually explicit images
  2. Lawn Boy by Jonathan Evison
    Reasons: Banned and challenged for LGBTQIA+ content and because it was considered to be sexually explicit
  3. All Boys Aren’t Blue by George M. Johnson
    Reasons: Banned and challenged for LGBTQIA+ content, profanity, and because it was considered to be sexually explicit
  4. Out of Darkness by Ashley Hope Perez
    Reasons: Banned, challenged, and restricted for depictions of abuse and because it was considered to be sexually explicit
  5. The Hate U Give by Angie Thomas
    Reasons: Banned and challenged for profanity, violence, and because it was thought to promote an anti-police message and indoctrination of a social agenda
  6. The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian by Sherman Alexie
    Reasons: Banned and challenged for profanity, sexual references and use of a derogatory term
  7. Me and Earl and the Dying Girl by Jesse Andrews
    Reasons: Banned and challenged because it was considered sexually explicit and degrading to women
  8. The Bluest Eye by Toni Morrison
    Reasons: Banned and challenged because it depicts child sexual abuse and was considered sexually explicit
  9. This Book is Gay by Juno Dawson
    Reasons: Banned, challenged, relocated, and restricted for providing sexual education and LGBTQIA+ content.
  10. Beyond Magenta by Susan Kuklin
    Reasons: Banned and challenged for LGBTQIA+ content and because it was considered to be sexually explicit

参考: “Top 10 Most Challenged Books of 2021” (American Library Association)

「露骨な性的描写」と「LGBTQ+ の内容」に下線を引いてみた。多いのがよくわかる。アメリカ図書館協会は毎年9月に、禁書週間 (Banned Books Week) を催している。といっても「禁書しよう!」ではない — 「禁書を読もう!読書の自由を取り返そう!」という啓蒙週間で、今年2022年は9月18日から24日まで。

期間中、 NYPL では ヤングアダルト向け書籍の禁書に関するディスカッションが企画されていたり、BPL ではティーンの禁書のブッククラブを開催したり、 QPL も含めニューヨークの公共図書館は読書の自由を訴える。

nypl books banned

courtesy of NYPL

その1のおわりに

ここまで、ニューヨーク市の公共図書館で私が知った、コミュニティにとってよりアクセシブルでインクルーシブな図書館づくりに関する取り組みについて書いた。もちろんこれは私に見える限りの範囲だし、でもすべてを書き切れているわけでもない(のにすごく長くなった!)。

といっても私は、母国語ではないとはいえ英語が蔵書のほとんどを占めていてもどうにかなるし、学校教育や今までの読書を通して読解力はある程度は身についているし、目で本を読む・耳でオーディオブックを聴くこともできるし、期日内の返却に困難はなく、インターネットを使って検索したり図書館に足を運ぶことができる。つまり、今用意されている方法で「読む」ことのむずかしさを知らない私は、図書館の取り組みが充分かを判断する立場にはいない。

なにごともそうであるように、見落とされるもの、とりこぼされる人たちというのは存在するはずだ。(これを書いていて思ったけれど、ここで触れた2つ以上をあわせ持つ、たとえば英語を理解せず、かつ目で本を読まない人びとの場合はどうなのだろう… オーディオブックの言語には限りがあるし、どうしてもまだまだ機会が限定されるのが現状ではないかな…。)

なにかしらの形で弊害を感じる当事者やそのアライが挙げる声には耳を傾け、改善や向上できる項目に対応していく意志があると願いたい。

その2では、公共図書館の取り組みがあっても本へのアクセスに限りがある児童を対象に活動する、私がボランティアしているブルックリンの団体についても、触れようと思う。

インスタグラムで反響があったのに、その1ではあまり登場しなかったブルックリン中央図書館の様子も、ちゃんと載せます(引っ張ってごめんなさい!)。

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