突然だけれど、”stooping” (ストゥーピング)って、聞いたことがあるでしょうか。
ニューヨークの、特に都心部に住んでいると身近な感覚になってくる stooping。言葉としては聞き慣れなくとも、在住の方はもしかして、見たことややったことが、あるかもしれない。
今日は stooping についてと、そこから見るサステナビリティや、ニューヨークならではのコミュニティのあり方を考えてみる。
STOOPING とは
ニューヨークならではのサステナビリティ
stooping という言葉は、 stoop(ストゥープ)と呼ばれる、ニューヨークの住宅建物に多い、道路から入り口ドアにつながる階段からきている。
これは北ブルックリンにある自宅近くの、顔見知りのおうち
ヤードセールやガレージセールという言葉は聞いたことがある人も多いと思う。個人のものを一般に売る機会で、ヤード(庭)で行われたらヤードセール、ガレージで行われたらガレージセール。
しかしヤードやガレージがあることが珍しいニューヨークの都心部では、代わりに家の前の階段である stoop や家の前の空きスペースや歩道でセールをすることが多く、それは stoop sale(ストゥープセール)と呼ばれる。
ニューヨークの stoop sale のイメージ
(ドラマ「ガールズ」より)
Image via HBO
そこから、stooping とは「ストゥープセールで何かを手に入れること」。thrift store(スリフトストア、これはリサイクルショップのような感じ)で何かを手に入れることを thrifting(スリフティング)と言うように。
さらに stooping は、必ずしも stoop sale として売買する場合だけではない。“Take free”(ご自由にどうぞ)という無料提供も非常に多いのだ。引越しや、アメリカでも人気が出た「コンマリ」などをして、不要になったけれどまだまだ使えるものを表に出して、通りかかった人が気に入った場合は持ち帰ることができる。
リサイクルショップや、メルカリ、ラクマなどを使って個人の不要になったものにセカンドライフを与えるのは、日本でもエコな方法の一つとして主流になっていると思う。
そういった再利用サイクルのなかでもニューヨークでできる究極にサステナブルな形が stooping だと、私は思う。リサイクルショップや、郵送や宅急便による個人取引では、小さいながらもどうしても輸送・梱包などの環境負荷が生じる。そもそも、手間も時間もかかるのでやらない人も多い。その点 stooping は、その場に来た人にものを受け継ぐので、環境への負荷はほとんどないと言えるし、簡単で手っ取り早く済む。
いらなくなったものを寄付するという選択肢もあるけれど、実際に寄付したあとどこに行くか不透明なケースも多い。最悪の場合は破棄される可能性もある。その点、stooping だと、自分のものが誰かの手に渡り、しっかり生き続ける可能性が高い。
つまり stooping は、サステナブルで簡潔と、いろいろと理にかなっているのだ。
恥ずかしいことじゃない!
もはやメインストリーム
私自身、ニューヨークで7年暮らす間に、このコンセプトは自然と生活に溶け込んできたが、 stooping という言葉そのものを身近に感じるようになったきっかけは、あるインスタグラムのアカウントにある。
Stooping NYC は、マンハッタン・ブルックリン・クイーンズ・ブロンクスを中心としたニューヨークの都心部で発見された stoop できるものの写真を投稿している。「xx番街とxx丁目の間の角に、こんな素敵なものがあるよ!」といった感じで、どこに何が捨てられているかがわかる。
特に家具などの大きなものが多い。私は数年前からフォローしていて、「わーこんなユニークでおしゃれなものが!」とか「ちょうどデスクが欲しいんだけどいいのないかなぁ」といった感じで楽しく閲覧している。
ニューヨークでは、粗大ゴミを出すにあたって、家具など大きなものはしかるべき廃棄場所に出しておけば地域の衛生管理局が持っていってくれる。その、廃棄物を出してから回収までの数時間 〜 最大で数日の間に、誰かが stoop する(もらっていく)ことができる。
日の目を見なくなったものが誰かによってまた使われるのは素敵なことなので、私は個人的にこのインスタグラムをサポートしていたけれど、廃棄物をもらっていくことの受け入れられ方がイマイチよく分からなかった。ところが最近、 Stooping NYC が Vouge US に取り上げられているのを発見した。おぉ、あの Vogue が。メインストリームになってきている!
An Inside Look at the Instagram That Highlights New York’s Best Stoop Finds (Vogue US)
記事のなかで Vogue は Stooping NYC をスタートした管理者であるブルックリンのカップルにインタビュー取材もしている。
このカップル(実名などは公開していない)は、Stooping NYC を始めた理由を以下のように説明している。
とにかく散歩が好きで。そして自分の足でニューヨークをウロウロしていると、外に捨てられていて、誰かにもらわれるか衛生局に持っていかれるかを待っているものが多いことに気づく。そのなかにはどんなに素晴らしい「お宝」があるかにも。
それで、それを広める感じでインスタグラムに投稿を始めた。
しばらくして、ニューヨーカーたちは我々のインスタグラムを通してお宝を探すことだけでなく、お宝を見つけてきてくれるようになった。毎日多くて100件くらいのお宝発見に関する DM をもらうよ。Stooping NYC を通して、コミュニティは急速に成長していった。
趣味みたいな感じでスタートしたものが、今ではローカルコミュニティのサービスのようになっている。
THE LITTLE WHIM 抄訳
道端にあるものをもらって帰るなんて、ちょっと恥ずかしい?人に見られたくない?そんな気持ちはここにはない。むしろ Stooping NYC は、最近では #stoopingsuccess というハッシュタグで、Stooping NYC で見つけたものを持って帰った人がそれを活用している様子も公開している。ビフォー・アフター的な。
これって、すごくおもしろい。ニューヨーカーって、最新のものを求めていて、クールでちょっとお高くとまったイメージがあるしれない。でも実際はそうじゃない人もたくさん。だからこそ、ニューヨークで stooping が広まっているのではないかな。ニューヨーカーならではの stooping について、もっと考えてみよう。
ポイントはコミュニティベース
ニューヨーカーらしいつながりの作り方
Stooping NYC は、記事内でこのようにも語っている。
出身はカナダのトロントなんだけど、向こうではニューヨークのように「処理される前に持っていって!」という感じで道端に置かれているものはあまり見たことがなくて。
多分 stooping が注目を浴びるのは、ニューヨークならではのカルチャーによる現象だと思う。人の動きが激しく、ゆえに不要になるものも多く出る。我々は必ずしもエコが最優先でこのアカウントを始めたわけではないけれど、stooping が支持されているのは、ものを無駄にせずアップサイクルしたい、そしてコミュニティの一部に属し交流したい、というニューヨーカーの強い気持ちの表れなんじゃないかな。
THE LITTLE WHIM 抄訳
これにすごく納得。ニューヨークの住宅は、驚くほど小さく驚くほど高い。賃貸の場合は、更新の際の家賃の値上がりもえげつなく、金銭的な理由から引越しを余儀なくされる人も多い。ルームシェアは珍しくなく、狭いスペースを共有する。そしてニューヨーカーと呼ばれる人びとの多くは、出身は世界中のどこか違うところで、その分出入りが激しい。
そう、ニューヨークでの暮らしには不要なものが出てしまう条件が揃っているのだ。とはいえ、ものを無駄にしたいわけではない。そして、自分にとっては不要なものを、物価も家賃も高いニューヨークに住む他の誰かが使ってくれたら嬉しい、という気持ちが、stooping を後押ししているのだろう。
STOOPING するのはものだけじゃない
思いも一緒に
Vogue の記事内でも触れられているが、数ヶ月前に Stooping NYC にはこんな投稿があった。
‘Take free”(ご自由にどうぞ)の代わりに貼られていたメッセージにはこう書かれていた。
「私の元彼はゴミみたいなやつだったけれど、彼のものはあなたにとって宝物かもしれないよね」
こうゆうの、すごくニューヨークらしいなぁって思う。スカッとする。恋人と別れた後、家に残った元恋人のものをどうしたらいいかわからない感じ — 経験したことがある人も多い苦い失恋の思い出を、ものと一緒に表に出して、前に進むポジティブさを stooping を通して伝えているよう。
stooping には、古いものをもらう以上のなにかがある。「引っ越すのかな?」「この人はきっと60年代のカルチャーが好きなんだな」「子どもが大きくなったんだろうな」といったストーリーがそこにはある。コミュニティベースで、人を近く感じ、その人のパーソナリティや人生をものを通して感じることができる。
ストーリー性があるのって素敵だし、忙しいニューヨークで暮らしているからって、そうゆうの忘れたくないもん。
COOKIEHEAD も STOOPING しています
これで私も本物のニューヨーカー?
私も、stooping している。家具に関してはまだ、これ!というものを見つけていないし慎重になるけれど、ファッションや、書籍、食器類・インテリア小物などは、#stoopingsuccess がたくさん!
特に #oootd(old outfit of the day)にも大活躍なファッションアイテムを2つ、紹介したい。
左: Patagonia ボーイズのフリースジャケット
右: Barbour メンズのオイルコートジャケット
Patagonia のジャケットは、子連れのファミリーが近所でやっていた stoop sale で購入。確か$15くらいで譲ってもらった。実際にこれを着ていたという小学校5年生の子どもその場にいて、「僕にはもう小さいけど、君なら着れるね!」と。160cmの私に、Patagonia のボーイズサイズのLはジャストサイズ。ちびっこからお下がりもらうこともあるんですね!
Barbour のジャケットは、これも近所を歩いていたら見つけたもの。じきに引っ越すという青年が、stoop sale ではなく「ご自由にどうぞ」スタイルで大量の洋服をちょうど家の前に出しているタイミングだった。遠くからも目を引いたこのオイルコートジャケット。それなりに高価なものなので「これもいらないの?」と聞くと、「うん、相当古いしボロボロだけどそれでもよかったらもらってってよ」と。
運良く出会えた憧れのアイテムだけれど、サイズが合わなかったらほかの人にもらわれた方がいいと思い、その場で試着してみることに。そしてその青年は写真を撮って見せてくれた。「ダボっとしてる感じがかわいいんじゃない?」という一言で、頂くことに。破れている箇所が結構あったけれど自宅でなんとか直して、愛用中。彼はカリフォルニアに引っ越していくとのことだった。ヘヴィーなオイルコートジャケットはニューヨークで私が着た方が合ってるよねって。楽しい会話だった。
注意点
慎重に判断を
stooping には、注意するべき点ももちろんある。日本ではあまり聞かないかもしれないけれど、ニューヨークの住宅にはベッドバグの問題がある。日本語では南京虫というらしい。細かいことは書かないけれど、とにかく身体中が痒くなり、そして一度出てしまうと家中で繁殖が止まらない。
stoop sale で売られているものや廃棄物にはベッドバグがいる可能性は多いにある。特に布製の家具・寝具、洋服などは気をつけた方がいい。
そして、食品・ペットフードや化粧品なども出ていることがあるけれど、品質に保証はない。
最終的には、自分で慎重に判断を。
いらなくなったものをサイクルさせるサステナビリティの観点からも、地域内でコミュニティと密着するという点からも、ニューヨークで育っている stooping。私もいっちょまえのニューヨーカーとして、楽しんでいる。
ニューヨーカーにとっての stooping のようなコンセプト、あなたの街にもありますか?